チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団 音楽監督パーヴォ・ヤルヴィ インタビュー

私のミッションはチューリッヒ・トーンハレ管弦楽団への評価をウィーン・フィル、ベルリン・フィルに匹敵する水準に引き上げることです
〜パーヴォ・ヤルヴィ
パーヴォ・ヤルヴィ/指揮・音楽監督

 パーヴォ・ヤルヴィが2019年から音楽監督を務めるチューリッヒ・トーンハレ管弦楽団と2023年10月、初めての日本ツアーを行う。
このスイスの名門オーケストラゆかりのベートーヴェン、ブラームスを前面に立て2021年ショパン国際ピアノ・コンクールの覇者、ブルース・リウが奏でるショパン、ラフマニノフの名協奏曲と組み合わせる。
2023年4月20日、NHK交響楽団と2年ぶり、名誉指揮者就任後初の共演のために来日中の機会をとらえ、秋に控えたツアーへの抱負をうかがった。

-1995年に東京交響楽団への客演で初めて日本に来られた時インタヴューの機会を授かって以来、世界各地のオーケストラと来日、N響の首席指揮者も務められました。

 ツアーを定期的に行っているドイツ・カンマーフィルハーモニー・ブレーメン(DKP)の他にシンシナティ交響楽団、hr(フランクフルト放送)交響楽団、パリ管弦楽団、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団、エストニア・フェスティヴァル・オーケストラなどと来演しました。日本の楽団では大阪フィルハーモニー交響楽団も指揮しました。

-指揮者は1人でもオーケストラが替われば別のケミストリー(化学反応)を生みますが、チューリッヒ・トーンハレとの組み合わせには、何を期待しましょうか?

 例えば、パリ管では強いフランス音楽の伝統を軸に20世紀のロシアや北欧の作品へとレパートリーを広げていきました。
トーンハレ管はスイス・ドイツ語圏の中心地、チューリッヒに本拠を置き、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団やシュターツカペレ・ドレスデン、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団などに近い存在。
ベートーヴェン以降メンデルスゾーン、シューマン、ブラームス、ブルックナーらドイツ・ロマン派の作曲家に強みを発揮してきましたが、レジデント・コンポーザーにジョン・アダムスや細川俊夫を招くなど、21世紀のモダン・オーケストラの顔も備えています。
昨年9月にも細川の新作《セレモニー〜フルートとオーケストラのための》(エマニュエル・パユ独奏=オーケストラ・アンサンブル金沢との共同委嘱)を世界初演したばかりです

-トーンハレ管弦楽団のサウンドの特色をもう少し詳しく、教えてください。歌劇場のピットにも入るウィーン・フィルやシュターツカペレ・ドレスデン、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管と違い、チューリッヒは1985年以降オペラのチームと分かれ、コンサート専門のオーケストラになっています。

 トーンハレ(音楽堂)の名が示す通り、ウィーン楽友協会(ムジークフェライン)ホール以上に豊かな残響を誇るホールと一体に育まれたサウンドは、他に類例のないものです。
ブラームスやブルックナー、マーラーをトーンハレで演奏した時の温かく豊麗な残響は音楽の滑らかさ、色彩感を高め、ロマン派音楽の理想的再現といえます。
ウィーン・フィルやシュターツカペレ・ドレスデンがシンフォニーを演奏しても依然、歌劇場管弦楽団のアイデンティティを感じさせる理由は演奏頻度にもあり、彼らの年間コンサート回数が35だとすれば、トーンハレ管は50を超えます。
逆に、シンフォニー・オーケストラが舞台上でオペラの演奏会形式に臨むと、歌劇場とは異なる形の『声とのコラボレーション』が生まれます。

-トーンハレ管ではレコーディングも積極的に行っていますね。

 監督に就任して4年。すでにメンデルスゾーン、チャイコフスキーの《交響曲全集》を完成しました。
ブルックナーの交響曲も《第7、8、9番》の3曲を収録済み、J・アダムスやメシアンにも取り組んでいます。
ベートーヴェンの『歌劇《フィデリオ》』も近々、ミヒャエル・シャーデ(テノール)をフロレスタン役に起用し制作する予定です。

-1906-1949年の長きにわたりトーンハレ管の音楽監督だったスイスの指揮者フォルクマール・アンドレーエはブルックナーのスペシャリストでしたし、1965-1972年に首席指揮者を務めたルドルフ・ケンぺとの《交響曲第8番》も長く名盤とされてきました。ただパーヴォさんは、フランクフルト(hr響)で《交響曲全集》を完成したばかりです。

 hr響との全曲録音は、今も『良い仕事だ』と自負していますよ(笑)。
しかしながら、トーンハレ管の素晴らしい残響と音色を得てブルックナー個人に限らず、音楽史上の最も偉大な記念碑(モニュメント)といえる最後の3曲を録音することには別の意義があります。
全曲の再録音に発展するかどうかは他にも手がけたい作品が山と存在するなか、全くもって未定です。

-今秋の日本ツアーにはベートーヴェンの「第5番《運命》」、ブラームスの「第1番」と、1895年のトーンハレ開場記念演奏会(ブラームスが自作の《勝利の歌》、初代指揮者のフリードリヒ・ヘーガーがベートーヴェンの《第九》を振り分けた)ゆかりの作曲家の交響曲を携え、序曲もベートーヴェンの《献堂式》という凝った選曲です。
パーヴォさんはDKPとの来日を通じ、歴史的情報に基づく解釈(HIP)のベートーヴェンを披露されてきましたし、トーンハレ管も1995-2014年に音楽監督・首席指揮者を務めたデイヴィッド・ジンマンとHIPを踏まえたベートーヴェンを究めてきました。

 まずベートーヴェン。DKPとは9つの交響曲を繰り返し演奏し理解を深めてきましたが、とびきり有名な《第5》に限らず9曲すべて、古典としてきちんと再現するのは絶えず大きなチャレンジです。
今回はより大編成、ロマンティックなサウンドのオーケストラに変わりますが、トーンハレ管ではジンマンさん長年のシリアスなアプローチを通じ、HIPも念頭に置いた上での演奏を可能にしています。
ブラームスに関しても、私たちはフルトヴェングラー、カラヤンら〝ポスト・ワグネリアン〟(ワーグナー派以降)世代の指揮者の重厚なサウンドに浸り過ぎました。作曲者自身が《第1》を指揮した際の人数は40人、内声部の細かな動きや内面の細かな動きはもっと鮮明に聴こえていたはずです。
聴衆が漠然と抱くブラームスの『重さ』は、間違ったバランスの産物です。現代の大きなホール、16型(第1ヴァイオリン16人)の大オーケストラでも本来、すべてのディテール(細部)が際立つべきで、私たちはその実現を目指しています。
私の今回のミッションはベートーヴェンやブラームスの演奏を通じ、チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団がウィーン・フィル、ベルリン・フィルに匹敵する水準のオーケストラである実態を皆様へ、つぶさにお伝えすることです」

-最後にソリスト、ブルース・リウさんについても一言、お願いします。

 実際に共演するのは今回が初めてですが、すでに(録音された)演奏は聴き、気に入りました。
ショパンやラフマニノフのピアノ協奏曲、とりわけ管弦楽パートは軽くみられがちですが、私にとっては非常に重要なレパートリーであり、常々、もっときちんと演奏されてしかるべきだと思っています。
今回も、ご期待ください。

-ありがとうございました。

取材・翻訳=池田卓夫

音楽ジャーナリスト@いけたく本舗®︎

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